第1楽章
私は13番の四重奏の一楽章にブラックホールのようなエネルギーを感じます。下に向かって沈み込んでゆくようなエネルギーです。ベートーヴェンは4つの降下する音に完全に執着しています。なぜでしょうか?それは大フーガに籠められえいる強烈な上昇するエネルギーとの対照ということで理解できます。第一楽章は独立したがソナタ楽章というよりは、大フーガへの序と考えたいと思います。第一楽章の構成は、13番の四重奏とフーガグロッセを切り離して演奏してはいけないことを雄弁に語っております。以下に詳述します。
提示部
序奏のように見える楽譜1はテーマの提示である。b-a-as-gと音量を増加しながら下降するモティーフがきわめて重要であり、あくまでも下の方向に力を加えながら沈み込んでゆくこのテーマである。これは大フーガによって否定されるテーマの提示である。
楽譜1
次のパッセージは古典的には序奏に続く第一主題と考えるのかもしれないが、楽譜2は全音階的に加工する4つの音符に基づいて構成されている。
下降するパッセージはフォルテでかかれ、上昇する部分はピアノの記されている。
楽譜2-15小節
37小節からの経過部もまた下降する4音から導かれている。たとえばes-d-c-bであり、これが5繰り返されて全体としてfで下降する部分が作られている。es-d-c-b-as-g-f-a
楽譜3ー37
53小節から始まる第2テーマ部も下記の譜に示すように、
チェロによる4音(es-d-ces-)bの下降する音型に導かれて、四分音符f-es-de-cesにpから<(クレッセンド記号)を伴う音型が表れる。
発想記号の特徴からも楽譜1の音型を即座にイメージさせる。
この部分のすぐ後に非常に緊張した音型による繰り返しが続く。これも楽譜5に示すようにppに始まり、下降するにしたがって poco cresc.される。
楽譜5-64小節70小節で終止せずに第2主部の経過部に入るが、この部分でも執拗に下降する4つの音が続く。この音型が発展して結尾部に接続する。
楽譜6-71小節
結尾部の最後は、ダメを押すようにずるずると下降して音型を繰り返して終了する。
展開部:
冒頭のAdagio ma non trop をTempo primoで2小節繰り返し、すぐにAllegro部分を接続して、ソナタ形式の提示部の終わりにある反復記号を省略している。そして展開部は全体で39小節で終わってしまう。テーマから離反したのびやかなチェロによる旋律をヴァイオリンが引き継ぐ、これが2回繰り返されるだけである。この旋律もa-g-f-e-dという特徴を持つが,発想記号としては普通のメロディに使われるものである。むしろ重要な部分は,
101小節のAdajio ma non troppoでヴィオラによって演奏されるg-f と下降する動機である。これは下降する4音を想起されるもので、展開部を通じて執拗にセカンドヴァイオリン、ヴィオラ、チェロに受け継がれる。そして2回目にヴァイオリンが歌うところでcresc,が始まり、激しく再現部に突入する。
楽譜8-104
冒頭部分の繰り返しは行わずAllegro部分から再現が始まる。i幾分の変形はあるが、ほぼ型通りの再現部であり第二主部は、再現部Ges-durの5度上のDes-durである。
コーダ部
第一主部を想起させながら簡潔ながら印象深く曲を閉じている。
大フーガとの関連性について:
現在でも第13番の終曲にベートーヴェン自身が書いたFinaleが演奏される場合があります。 Henle社でも、FinaleとしてAllegroが記載されており、次にOp.133として大フーガを収録しています。この問題についてはそろそろ結論を出してもよいのではないでしょうか?
まず、大フーガ冒頭に提示されるテーマを見てみましょう。g-gis, gis-a, fis-g に見られるように上昇する力がこのテーマの意志であり、この意志は
大フーガ全体で徹頭徹尾貫かれています。
次にFugaの冒頭にみられるフーガのテーマに対する対位句として提示される副テーマを見てみてみましょう。 as-g-f-es と下降する第1楽章の
テーマと同じものがもっとも重要な対位句として使用されている。この二つのテーマはすざましい格闘をすることになります。
楽譜10-大フーガ30小節
副テーマの重要性を強調することを、フーガ冒頭のOvertureで行うことは音楽的に不可能でしょう。だから1楽章でこのテーマを扱う必要があったのだと思います。1楽章で提示したものを、2,3,4,5、楽章の4つの楽章を経て、最後のフーガで徹底的に上昇の意志について論ずるのはまことにベートーヴェンらしいと思います。このことから明らかなように弦楽四重奏曲第13番の終曲はOp.131となっている大フーガでなければならないといえます。
1楽章の演奏解釈:
この楽章は非常に演奏が難しいと思います。それは楽譜どおりに正確に演奏することが難しいからです。3声部または4声部が同時に16分音符で動く箇所が多く、縦の線をピタリと合わせるだけで大変です。これはもちろん演奏解釈の話ではありません。演奏解釈上は、楽譜上に精密に書き込まれているのであまりいろいろなことをやる余地がないと思われます。4つの下降する音符をどのように表現するかに尽きると思います。
71小節からの経過部は、ベートーヴェンが何をしたいのかちょっとわからないところです。16分音符で動くところを重視するのか、4分音符で動いているパートが大事なのか、p. cresc. pというパターンが大事なのか、どのようにやってもあまりうまくゆきませんでした。結局p. cresc. pの表現でまあ何とかしましたが、どのような効果が一番良いのか、考えてみる余地があると思います。
以下に簡単な楽曲分析を添付しておきます。
楽曲分析
区分 | 説明 | Mesure No. | Mes, | ||
提示部 | |||||
第1主部 | テーマ1 | 1 | – | 14 | 14 |
経過句 | 15 | – | 20 | 6 | |
テーマ1確保 | 21 | – | 24 | 4 | |
結尾 | 25 | – | 37 | 13 | |
経過部 | 経過部 | 37 | – | 53 | 17 |
第2主部 | 序 | 53 | – | 55 | 3 |
テーマ2 | 55 | – | 70 | 16 | |
経過部 | 経過部 | 71 | – | 87 | 17 |
結尾部 | 87 | – | 93 | 7 | |
展開部 | 第1主部反復 | 94 | – | 103 | 10 |
動機による自由な展開 | 104 | – | 132 | 29 | |
再現部 | 第1主部後半からの再現 | 132 | – | 160 | 29 |
第2主部 | 序 | 160 | – | 162 | 3 |
テーマ2 | 162 | – | 189 | 28 | |
経過部 | 経過部 | 190 | – | 209 | 20 |
結尾部 | 209 | – | 214 | 6 | |
コーダ | 214 | – | 234 | 21 |