ベートーヴェンの初期四重奏曲については、原典として参照できる資料が少ないおかげで、楽譜の差異は小さいと考えられます。現在比較できる楽譜としてはHenle版(1996)とBarenreiter版(2007)があります。ほかにPeters版(不詳)がありますが、ここではHenle版とBarenreiter版の比較します。ソースとしてはベートーベンによる自筆譜は失われており、Lobkowicz collection の手書きのパート譜(1800)、初版(1801)の二つしか現存しません。
Henle版(1996)はPaul Milesの校訂で基本的に新ベートーヴェン全集 Series VI Vol.3 (1962)に基づいております。その後発見されたLobkowitzの手書きパート譜は、全集の補遺と正誤表に反映され、このヴァージョンにも反映されています。
研究スコアと同様の書き込みがパート譜の脚注にも書かれています。練習番号はなく、小節表示です。
Henle版は()による演奏へのヒントがべーレンライター版よりも多く実用的かもしれません。
Barenreiter版(2007)はJonathan Del Marによる校訂です。研究スコアの序文にどのような校訂をしたかがかなり詳細に記述されており分かりやすいです。ただしパート譜には、校訂上のコメントはなく結論のみが示されています。練習番号と小節表示の両方があります。原典により忠実であると思います。
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ブラームスの室内楽作品としては最も規模が大きくて約50分程度かかります。今まで何度か合わせてみたことはあるのですが、きれいな曲だが長いという印象しかありませんでした。今回この曲を真面目に演奏してみようということになったので、曲の構造を自分なりに把握するためにメモとして書いてみようと思った次第です。
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ベーレンライター社の原典版は1962年に出版されていますが、Moserによるペータース版も現在まで100年以上にわたり広く使われてきました。この二つの楽譜を比較しました。
ペータース版
まず、ペータース版の特長について考えたいと思います。校訂はAndreas Moser(1859 – 1925) と Hugo Becker(1864-1941)によるものです。Moserはヨハヒムに師事しましたが、腕の病気のため演奏家を諦めヴァイオリンの教育者の道を選び3巻のヴァイオリン奏法など多くの実績を残した方です。
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Beethoven: String Quartet Op 59 No 1 (with Joachim) (Peters, 1902).
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Beethoven: String Quartets, Op 127, 130, 131, 132, 133, 135 (with Joachim and Hugo Dechert) (Peters, 1901).
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Haydn: 30 String Quartets (with Hugo Dechert) (Peters, date unknown).
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Mozart: 10 String Quartets, K. 387, 421, 428, 458, 464, 465, 499, 576, 589, 590, (with Hugo Becker) (Peters, 1882)
Hugo Beckerは有名なチェリストであり弦楽四重奏以外にもイザイ、ブゾーニとピアノトリオ、シュナーベル、カール・フレッシュなどとピアノ三重奏団を組織しています。
出版は1882年ですから大分古いのですが、当時最高の演奏家、音楽家によって校訂されておりペータースの楽譜には当時の弦楽器の奏法や演奏習慣がしっかりと保存されていると言えます。
ペータース版はベーレンライターの原典版が出版されるまで、世界中で広く使用されていた楽譜です。
ベーレンライター版
1940年代から原典に回帰する動きがHenle社などにより広まりいわゆる原典版が広く使用されるようになりました。
作曲家が直接かかわったとされる資料を比較検討して、最も適当と思われる版を作ろうとする作業です。何々社原典版と呼ばれ、原典版は出版社によりみな異なります。
モーツァルトの弦楽四重奏について、ベーレンライターの序文によれば、英国博物館にある自筆譜と初版を原典として使用しております。6曲のハイドンセットについては自筆譜と初版には多くの相違点がありますが、初版のための修正はモーツァルト自身が自分で行ったか、深く関与したと考えられるので、原則として自筆譜に寄っています。初版のデータを使用した場合には脚注にその旨を記述しています。(但しスコアだけであり、演奏譜には記述はありません。)
それでは弦楽四重奏ト長調 K387 「春」を見てみましょう。見比べていると原典に対してどのような改定が行われたかが推測できるようになると思います。一般的に、フィンガリング、ボーイングは作曲家によって指示されることはほとんどありません。
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ブラームスのピアノ四重奏の出版社による楽譜の比較を行いました。
楽譜として手元にあった、Henle, IMC, Eulenburgを使用しました。Peters版も参考にしました。
Henle版は序文とコメントがあり小節数も表示してあり使いやすい楽譜です。IMC版は練習記号と小節数が表示されこれも使いやすい楽譜です。ペータース版は、練習番号だけですので少し使いづらい面があります。
ヘンレ版の前書きによれば、楽譜ソースとしては手稿譜、出版のもとになったブラームスによる弦楽パート譜、ブラームスの書き込みがあるジムロック初版です。この作品については手稿譜がしっかりしているのでこれが基本になっているようです。
初版と手稿のもっとも大きな差異は1楽章の再現部ですが、手稿では出だしと同じですが、初版では1オクターブ下で再現され和音も薄くなっています。このような変更は作曲家でなければできないものなので、この部分はどの出版社も初版をベースにしております。
以下の表に詳細な比較をしておりますが、ヘンレ版とIMC版で大きく異なる点は1楽章の再現部の弦ですが、IMC版には<>があります。参考にペータース版も<>があります。Henle版、Eulenburg版にはありません。解釈に影響があると思います。2楽章は大きな差異はないと思います。3楽章246小節の1括弧です。これは楽譜が違うのでどちらを採用するかではっきり結果が違います。PetersはIMCと同じです。4楽章は大きな差異がないと思いますが191小節のVnの<の位置がHenle,Petersは1拍目からで、IMC、Eulenburgは<が4拍目からです。これもどのようにするか迷うところだと思います。
1楽章
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小節数
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拍
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パート
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Henle
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IMC
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Eulenburg
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218
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2-3
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Vn,Va,Vc
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無記号
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<>がある
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無記号
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2楽章
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小節数
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拍
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パート
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Henle
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IMC
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Eulenburg
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24
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2-4
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Vn
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2-3拍で<
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2-4拍で<
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1-4拍で<
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30
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Vn
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一つのスラー
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スラーを2つに分割
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一つのスラー
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31
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Vn
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一つのスラー
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1-2拍だけにスラー
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一つのスラー
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53
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Vn,Va,Vc
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Vn,Va,Vc 3,4拍に<
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Vn,Va,Vc 3,4拍に<
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Vn,Vaは34泊、Vcだけは1-4に<
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89
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Vn,Vc
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<だけ
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<>
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<だけ
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127
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Vn
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スラーがない
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1,2拍、3拍、4拍にスラー
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1,2拍にスラー
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144
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All
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1拍 cresc 、2-3拍<
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2-3拍で<
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各パートで異なる
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3楽章
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小節数
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拍
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パート
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Henle
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IMC
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Eulenburg
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209-210
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Vn,Va,Vc
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209-210に<
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なし
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なし
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214、282など
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Vn,Va,Vc
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1拍だけスラー
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2拍目にスタカートとスラー
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1拍だけスラー
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246
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3拍
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Vn,Va,Vc
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3拍目は休符
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3拍目にA音がある。
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3拍目は休符
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291,292
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Vn,Va,Vc
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HNの解釈でStaccをつけている
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なし
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なし
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4楽章
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小節数
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拍
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パート
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Henle
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IMC
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Eulenburg
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33
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Vn,Va,Vc
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poco f
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pf
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pf
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63、64
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Vn,Va,Vc
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HNの解釈でPiano と同様にp、cres.を加えている
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なし
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なし
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67
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Vn,Va,Vc
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HNの解釈でPiano と同様にfとしている
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なし
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なし
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154
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Vn
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mf
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なし
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なし
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191
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Vn
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1拍から<
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4拍に<
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4拍に<
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238
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Vn,Va,Vc
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accent なし
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accent あり
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accent なし
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309
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Vn
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なし
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cresc,
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cresc.
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502
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Vn
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8va ad lib.
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ad.libの記述なし
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8va ad lib.
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for the true, the good, and the beautiful