Mozart 弦楽四重奏曲 楽譜比較

ベーレンライター社の原典版は1962年に出版されていますが、Moserによるペータース版も現在まで100年以上にわたり広く使われてきました。この二つの楽譜を比較しました。

ペータース版

まず、ペータース版の特長について考えたいと思います。校訂はAndreas Moser(1859 – 1925) と Hugo Becker(1864-1941)によるものです。Moserはヨハヒムに師事しましたが、腕の病気のため演奏家を諦めヴァイオリンの教育者の道を選び3巻のヴァイオリン奏法など多くの実績を残した方です。

  • Beethoven: String Quartet Op 59 No 1 (with Joachim) (Peters, 1902).
  • Beethoven: String Quartets, Op 127, 130, 131, 132, 133, 135 (with Joachim and Hugo Dechert) (Peters, 1901).
  • Haydn: 30 String Quartets (with Hugo Dechert) (Peters, date unknown).
  • Mozart: 10 String Quartets, K. 387, 421, 428, 458, 464, 465, 499, 576, 589, 590, (with Hugo Becker) (Peters, 1882)

Hugo Beckerは有名なチェリストであり弦楽四重奏以外にもイザイ、ブゾーニとピアノトリオ、シュナーベル、カール・フレッシュなどとピアノ三重奏団を組織しています。

出版は1882年ですから大分古いのですが、当時最高の演奏家、音楽家によって校訂されておりペータースの楽譜には当時の弦楽器の奏法や演奏習慣がしっかりと保存されていると言えます。

ペータース版はベーレンライターの原典版が出版されるまで、世界中で広く使用されていた楽譜です。

ベーレンライター版
1940年代から原典に回帰する動きがHenle社などにより広まりいわゆる原典版が広く使用されるようになりました。
作曲家が直接かかわったとされる資料を比較検討して、最も適当と思われる版を作ろうとする作業です。何々社原典版と呼ばれ、原典版は出版社によりみな異なります。

モーツァルトの弦楽四重奏について、ベーレンライターの序文によれば、英国博物館にある自筆譜と初版を原典として使用しております。6曲のハイドンセットについては自筆譜と初版には多くの相違点がありますが、初版のための修正はモーツァルト自身が自分で行ったか、深く関与したと考えられるので、原則として自筆譜に寄っています。初版のデータを使用した場合には脚注にその旨を記述しています。(但しスコアだけであり、演奏譜には記述はありません。)

 

それでは弦楽四重奏ト長調 K387 「春」を見てみましょう。見比べていると原典に対してどのような改定が行われたかが推測できるようになると思います。一般的に、フィンガリング、ボーイングは作曲家によって指示されることはほとんどありません。

 

 

1楽章

ペータース版

MozartPeters

ベーレンライター版

MozartBA

4小節の一つ目の八分音符のフレージングがボーイングの都合で変更されています。7小節目1,2拍はスラーが付加されています。これはMoserの解釈ですがボーイングから来ているものでしょう。17小節ではcresc,が [<(松葉)]に変更されております。モーツァルトは[< ]は使用していません。19小節の最初の8分音符に(・)がついていますがこれもフレージングから来たものでしょう。このような例は随所に見られます。

ベーレンライター版の17-19にあるcresc.についてはスコアでは「自筆譜にないが、初版版から引用した」という記述があります。パート譜ではこのような記載はありませんので、詳細にみるにはスコアを確認する必要があります。

第2楽章

ペータース版

ペータース版の楽譜から原典がどのような感じであるか想像してみてください。

MozartPeters2

ベーレンライター版

MozartBA2

1-4小節はMoserの解釈です。重要なのは3小節目3拍の(・)です。4小節の(>)はカッコつきなのでMoserの解釈だとすぐわかりますが、(・)はミスリードされそうです。というのもこのg音をテヌートで演奏する解釈も十分できるからです。

スタカートの表記は大変難しく( . ' )等がありますが、作曲家自体の表記が不鮮明であったり統一されていなかったりするので、出版社によりルールを決めて対応しています。ベーレンライター版の場合には( . ' )を使用しています。しかし重要ななのはスタカートの種類よりも、それがあるかないかです。この点については慎重であるべきです。

3楽章

ペータース版

MozartPeter3

ベーレンライター版

MozartBA3

Moserにより色々な校訂がされております。括弧付きで示されている表記はMoserによるものなので明確です。Nの2小節目、15小節の>(松葉)に注意してください。Mozartは >(松葉)を使いません。そしてdim. decresc.も使用しません。従ってこのような表記があればほぼ確実に原典から校訂されたものと考えて間違いなさそうです。(この四重奏曲の1楽章展開部のあとに一か所Vn1に>があります。すべてのMozartの弦楽四重奏中これがただ一つの例外です。)

19~21のブリリアントなフレーズはかなり難しいボーイングがつけられています。またtrの処理についても解釈されています。このような部分については作曲家の指示は必要最低限の指示であり、演奏慣習と演奏家の音楽性に委ねられる部分だと思います。
 

4楽章

ペータース版

MozartPeters401

 

ベーレンライター版

MozartBA401

ペータース版の4小節ですが、面白いフィンガーリングを使っています。4-0-3という動きはポルタメントを考えているようですが、現代ではこのような弾き方はありえないような感じがします。2Vn,Va,Vcにはこのような指示はありません。歴史を感じさせます。

ペータース版

MozartPeters402

 

ベーレンライター版

MozartBA402

73小節のアクセントマークもモーツァルトは使いません。86小節にあるdim.—もMoserの解釈です。

ペータース版

MozartPeters403

 

ベーレンライター版

MozartBA403

U(143小節)からC-線上でしかもポルタメントがかかる指使いを指定しています。透明な感じのフーガのテーマに随分ロマンティックな色彩が加わりそうですね。今から100年後にはどのようなモーツアルトが演奏されるのでしょう。

 

 

 

 

 

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