室内楽を始めた方が必ずと言ってもよいほど経験するモーツァルトの弦楽四重奏曲 ハ長調です。皆さんが良くさらってきていて、全楽章が止まることもなく楽しい演奏ができたとしましょう。「それじゃ次へ行ってみましょう。」ではもったいないのです。
「それでは1楽章をもう一度通してみましょう。」「それでは、、」 このような風景が良く見られます。
弦楽四重奏の欠点は楽しすぎるところかもしれません。四つの楽器が和音を鳴らしているだけで十分に幸せになってしまうのは問題かもしれません。
さっそく本論に入ります。
まず、下記の楽譜をごらんください。この曲です。
まず最初から8小節目までを演奏してください。これが第1主題です。
楽譜1 (第1小節~)
ファーストヴァイオリンの楽譜だけを抜き出してみました。
楽譜2
ファーストヴァイオリンがまず最初にやるべきことはテンポを決めることです。どうやって決めるかですが、「このような感じで弾きたいから、、」というほど気楽なものではありません。 演奏はある一定のテンポで演奏することを原則としています。
ですから、先のことを考えて、最初に適切なテンポで始めることは非常に重要です。この曲であれば、下記のようないろいろな場所でのテンポを考えてから決めなければなりません。
楽譜3
次にやることは、この曲ではチェロに正しいテンポを伝えることです。このような形の曲では実際にはチェロがテンポを決めますからしっかり練習しておく必要があります。
それではいよいよ練習が始まりますが、楽譜2の第1主題をよく見てみましょう。2小節単位でA-A’-B-Cの形をしてきます。そして出だしに提示される動機M1はA-A'-Bと3回繰り返されます。M1はドレミという具合に前に進み、盛り上がっていく感じがあります。これを3回繰り返してどこに行くかと思えば割合単純に収まってしまうのが第1主題です。全体はpと指定されております。そしてこの主題は1オクターブ上で今度はfで繰り返されます。B,C,は別の音型に変化します。
このように考えると、動機の持つ勢いは別にして、第1主題の提示は静かに盛り上がり、静かにしっかりと終止するのが良さそうですがいかがでしょう。
各パートを見てゆきましょう。
セカンドヴァイオリンは、遠慮がちにファーストヴァイオリンに従うのが良さそうです。(後述します。)
ヴィオラも和音の充填のような感じですが、長く伸ばすgの音は音量にかかわらず、全体の安定感に貢献していることを意識してください。
そして、2小節目、4小節目に8分音符による動きがあります。これはなんでしょうか?二つ選択肢があると思います。どちらを選択されますか?
(1)ヴィオラのソロ部分だからここははっきりと目立つように弾く
(2)リズム的に補填している動きだし、聞こえればよい程度で特に目立つ必要はない。
私は2の方が好きですが、リズムの補てんについてはご説明しておきます。1,2小節はチェロが8分音符を刻んでおりますが、2小節目の3,4拍は休止しています。この時に8分音符を刻む役割がヴィオラに移っております。8分音符がなくなってしまうと曲の動きが止まってしまうので、ビオラはメロディ以外にリズムを補てんする役割も持っております。弦楽四重奏ではこのようなリズムの補てんが頻繁に行われています。
チェロについては、8分音符を正確に刻み続けるのは特に、曲頭では難しいです。覚悟をもって元気に入りましょう。といってもここはpです。
主題の確保から経過部まで:
楽譜4 9小節~
上記は9小節からフォルテで主題が確保されるところです。(ソナタ形式ではふつう第一主題を提示した後その主題を繰り返して印象を強める作業があり主題の確保と呼ばれます。) 上記の部分は主題が確保された後、経過部があって、次の経過部が始まるところまでです。
似たもの同士を分割して並べてみます。A-A'-B-C-C'-D.ではこの部分を2つに分割するならばどこでしょうか?
(1) A-A'-B-C || C'-D
(2) A-A' || B-C-C'-D
ほかにも考えられるかもしれません。(1)案の特長は第1主題は8小節にわたって確保されるが後半は変形されている。経過部はC’から始まる。
この案によると16小節、17小節にエコーをかける演奏はたぶん否定されると思います。(2)案の特長は、主題の確保は4小節間であり、Bから経過部が始まる。C,C’はエコーをかける演奏が面白いかもしれない。最後のDはフォルテでしっかり演奏される。
私は(2)の方が素直な感じがしますが、(1)も悪くないと思います。
各パートについて考察をしたいと思います。ファーストヴァイオリンとセカンドヴァイオリンは3度、6度で並行して動いています。選択枝として、1小節からの第1主題の提示ではファーストヴァイオリンのソロのような感じでセカンドは付き添うように弾き、(1)9小節からは両方ともフォルテで強い対比を演出する。(2)第1小節と同じような感じで演奏する。があると思います。
ヴィオラには9から12小節にシンコペーションがあります。このシンコペーションは、チェロと補填するリズムを構成しています。チェロがはっきりと4分音符で演奏します。8分音符の刻みの効果を出すためには、アクセントを持つシンコペーションの演奏がヴィオラに要求されます。
経過部
楽譜5は経過部を示しています。主調の属調であるト長調に転調されていますし、これが第2主題だと思う方もおられると思います。
経過部だと判断した理由は、展開部でこの部分のメロディや動機が使用されていないこと。および再現部で、二短調で再現されておりハ長調に転調していることが理由です。
楽譜5 21小節~
この経過部の特長は、第1主題部に比較して、多声的に書かれており、ポリフォニックな面白味があることです。楽譜6にスコアを示しますが、
経過部の入りはファーストヴァイオリンとセカンドヴァイオリンが4度のカノンのような掛け合いをします。そしてTrのあるリズムをファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、ヴィオラの順で演奏します。そしてト長調の属音で半終止して、第2主題に接続します。
第2主題部;
第2主題はM2として示した動機をもとに作られており、ファーストヴァイオリン、次にセカンドヴァイオリンとヴィオラ、 そしてチェロにより
提示され、最後にファーストヴァイオリンが締めくくります。 形式はA-A'-A''-Bという形です。スタカートで構成された3つのAに関する部分を、おそらくレガートで演奏されるBの部分がバランスよく受け止めております。
このように考えると、このテーマはピアノで始まりますが、Bの部分はフォルテが良いのではないかと思いますがいかがでしょうか?それならばA,A',A''はcresc,がよろしいのでしょうか?
楽譜7は第2主題(31-38)とその後の結尾部へ接続するところまでを示しています。冒頭にpと指示されておりますが、それ以降に何の指示もないのでpを全部の部分に適用するのかというとそのようなわけではりません。モーツァルトにとって常識である部分については発想記号が書かれない場合も多いからです。
とはいうものの、あまり自由に発想記号を追加するのも考え物です。
楽譜7 31小節~
演奏解釈の1例を提案してみたいと思います。
第2主題ははピアノで始まりますが、スタカートによる6小節(31-36)に対抗する感じで37小節はフォルテで演奏するのはいかがでしょうか? そして38小節からのチェロのメロディがある小節をフォルテにして、40小節をピアノにします。
このようにすることで、ピアノに始まった第2主題部はピアノで結尾部に接続することができますし、37小節のフォルテと40小節のピアノは両方ともファーストヴァイオリンによりメロディが演奏されますが、鮮やかな対比を作ることもできます。
pと指定してあるので、次の指示があるまではpでという演奏はよくないと思います。まず自由に感じたことを表現する方が先ではないでしょうか?
結尾部:
結尾部はフォルテとピアノが交番する特徴的な音型で始まります。そして冒頭の動機M1から派生した46小節のなだらかなで落ち着いたフレーズで提示部を閉じます。
展開部は結尾部音型で始まりイ短調の属7で終止した後(53-60)、第2主題による展開が続きます。(61-71),この後は再現部を用意するためのパッセージを経て75小節から再現部が始まります。71-74小節に、有名なセカンドヴァイオリンの難所があります。
再現部:
再現部については、型通りの再現が行われており、特に申し上げるところはありません。
全体の分析
1st Movement: | Measure | length | |||
Exposision | Theme1 | 1 | – | 8 | 8 |
Thema1 & Transision | 5 | – | 22 | 18 | |
Transision | 23 | – | 30 | 8 | |
Thema2 | 31 | – | 41 | 11 | |
Closing | 42 | – | 52 | 11 | |
Development | By Closing Motive | 53 | – | 60 | 8 |
Thema2 | 61 | – | 70 | 10 | |
Connection | 71 | – | 74 | 4 | |
Recaptulation | Theme1 | 75 | – | 82 | 8 |
Thema1 & Transision | 83 | – | 94 | 12 | |
Transision | 95 | – | 104 | 10 | |
Thema2 | 105 | – | 115 | 11 | |
Closing | 116 | – | 126 | 11 |